『高校野球は親が9割』(竹書房)に掲載された内容を一部抜粋

今年8月に発売された『高校野球は親が9割』(出版社:竹書房)という本の一部を抜粋させていただきます。
私が普段から心掛けている指導方針やチームの取り組みについて、著者の田尻賢誉氏が、非常にわかりやすく、丁寧に表現してくださいましたので、この場を借りて一部をご紹介させていただきます。

 

①大学で野球をやることの”価値”

充実した大学生活を送るためには、覚悟が必要だ。その覚悟はどこから来るのかといえば、4年間でかかる金額。それも、こんな考え方による金額だ。
「高卒で働いたとして年収250万円とすると、大学に4年間行っている間に、高卒で就職した人は1千万円稼ぐわけですよね。逆に、4年間で(授業料など)1千万円払っているわけです。プラスマイナス2千万円の差がある。親御さんは、2千万円の投資をしているわけじゃないですか。大学4年間は、それだけの価値のある時間にしなきゃいけないわけです。だから僕は、『お前たちの取り組みが2千万円の価値があるのか?』と問いかけます。それにふさわしいだけの取り組みをしなきゃいけないし、それぐらいの意識を持たせて大学生活を送らせないといけないんです。特に東都リーグでやっていると、『自分たちが一番厳しい世界で勝負している』みたいな感覚になる。だけど、会社に入ったらもっと厳しい戦いが待っています。仕事をし始めてからが本当の勝負。本当の勝負は野球の勝ち負けじゃないんだよと。卒業したら、社会に出て生きていかなきゃいけない。家族を養う力を身に付けていかないといけないんですから」

 

大学で野球をやるということは、それだけの価値があることなのだ。中途半端な気持ちでは、大学生活は無駄になってしまう。ましてや、全国からレベルの高い選手が集まる東都リーグでは結果を残すことは困難だ。2千万円分学び、経験を積んで、人として成長する―。
この覚悟を決めることこそが、大学で野球をやるための第一歩になる。ただ単に大学に入ればいいのか。目的意識を持って進学するのか。高校時代にその目的をはっきりさせておくことが重要だ。

 

②自分の選択には責任を負わなければならない

大学4年間を充実した時間にするためのポイントは、進路決定時にあるといっていい。このときの考え方によって、同じ出来事でもとらえ方がプラスとマイナスに大きく分かれてしまうからだ。そのリスクを避けるために、鳥山監督は自ら足を運んで選手を視察し、親とも面談し、時間をかけて、“人となり”を見極めるようにしている。
「全員に言うのは、『もし國學院大學を選んでくれるとするならば、その決断は責任をもって自分でしなさい』ということ。複数の大学から声がかかっている選手であれば、選べる立場にあるのでなおさらです。『國學院大學を選んでよかったと思える4年間に自分の力でしなさい。そのためのサポートは全力でするし、環境も整える。ただ、4年間は決していいことばかりではないよ。何かあった時に、國學院大學じゃなくてA大学、B大学に行っとけばよかったというのは絶対なしね』というんです。そういう選手は、A大学に行ったら行ったで、うまいこといかなかったときに『國學院大學に行っとけばよかったな。あんな楽しそうに野球やってるわ』となる。どこに行ってもそうなるんです。もう18歳なんだから、自分の決断には責任を持ちなさいという事ですね。

 

同じようなことは親御さんにも言います。補欠で4年間終わる可能性だってあるわけですから、そこで『A大学に行っていたら、レギュラーになってプロに行っていたんじゃないか』と言うのはなしですよと。『競争は厳しい、現実は厳しいです。でも、可能性があるから僕も息子さんに声をかけてますし、一緒にやっていきたいと思っています。ただ、最終的には自分次第の世界ですからね』と。最終的に責任を取るのは自分なんです。4年間はある程度僕が責任を取ってやれますけど、22歳以降の人生の責任は取ってやれませんから」

この考え方を前提にしたうえで、選手に念を押すのは次のことだ。
「國學院大學なら何とかしてくれる、何かをしてもらえると思ってきてもらってはダメだということです。昔、アメリカのジョン・F・ケネディ大統領が『国があなたに何をしてくれるかじゃなくて、あなたが国のために何ができるか』と言いましたけど、同じことだと思いますね。チームや監督があなたに何をしてくれるかじゃなくて、あなたがチームのために何をしてくれるかや、何ができるか。例えば、就職活動をして内定が出たとします。『その会社はお前が来てくれたから、今の会社よりもよくなる、利益も上がる、会社が発展すると思って獲ってくれたんだからね」と。『お前が行ったことによって会社がつぶれたら、お前がダメだということ。何万人という学生がいる中で、期待してくれて、内定を出したんだから、そのことをちゃんとわかっていきなさい』というのはみんなの前で話します。

3年生以下にはこう言います。『お前たちも一緒だ。オレはお前が来てくれたら、國學院大學がもっとよくなる、野球界のためにプラスになると思うから来てもらった。お前はうちのチームに何をしてくれてる?お前がいないと困る存在になってるか?オレは監督に教えてもらえない、使ってもらえないというのはなしだぞ。監督は、いい選手は絶対使うから。いい選手を干すなんてことはしないから』と。そのためにも、ウチは周りにいる人間が『あいつはこんなに頑張ってるから使ってください』と言うようになっています。実際に学生コーチからそういう話はありますし、その時は絶対に使うようにしています』

最終的に進路を決めるのは自分自身。「高校の監督に言われたから」「親に言われたから」というのは関係ない。いくら人のせいにしても、時間もお金も返ってこない。2千万円をかける価値があるか。そこまで考えて決断しなければならない。

~中略~

 

プロ野球選手が個人事業主として全責任を負うのと同様、大学生も自分の選択に責任を負わなければいけない。大学生にもなれば、手取り足取り指導はしてもらえない。授業のない空き時間にいかに考えて練習できるか。無駄な時間をなくすか。ギャンブルや飲酒、喫煙ができる年齢になるだけに、なおさら自分で考えて行動する能力が求められる。

ただ、まだ社会人ではない。学生として学ぶ立場。だからこそ、指導者も丸投げするようなことはしない。選手としてのチャンスをつかめるかは本人次第だが、人間的な教育は徹底的にする。「大学生になって、こんなこと?」と思うような基本的なことも鳥山監督はしつこく言う。

「高校3年、大学4年といっても、まだ18歳、22歳ですから。人生を生きていく為の土台作りをしていかなきゃいけない。心と体の土台を作っていく。それをわれわれは野球を通じてやらせてもらっているということです。人間の育成であることは間違いない。だから、野球以外の面、髪形や服装、話し方の指導もします。まゆ毛をいじったら大変なことになるのでさすがにいませんが、髪の毛は休み明けなんかに指導対象になる子がいますね。そのときは、『お前、それじゃあ面接は受からないぞ。オレが社長だったら、絶対内定は出さない』と言いますね。あいさつも『ちぃーっす』や『あざっす』なんていうのはダメ。『こんにちは』『ありがとうございます』と滑舌をはっきりさせます。監督室の入り方も『○年の○○です。○○の用事で来ました』というように指導します。来客中なら、『お話し中、失礼します』と言えないとやり直し。しょっちゅうありますけど、根負けしないことですね。ちゃんとできる、隅々までやり切ってる大学生なんていないですから。だからこそ、何とかしたいんですけどね」
なぜ、そこまでするのか。それは、預かった責任があるからだ。大学を卒業して、あいさつひとつまともにできないようでは困る。そんなことでは、野球界にとっても、日本にとってもマイナスになってしまう。本来なら高校生までの間にできておいてほしいことだが、高校までに教育されていないから、20歳を過ぎても基本的なことをくり返し言うのだ。「僕は親御さんに言うんです。『4年間親代わりします。卒業してからも目の行き届く限りは指導していきます』と。高校生も大学生も親の言うことを聞きませんよね。でも、僕の言うことは聞きますから。だからこそ、『しつけも指導もしていきます』と必ず約束させてもらいます。それは預かる僕たちの責任ですから。学校が親を尊重する、親も学校側を尊重してお願いする。お互いが尊重することが大事だと思うんです。親は自分の息子を学校に教育していただく、預かっていただくという気持ち。われわれは数ある大学の中から親御さん、高校側に選んでいただいたという気持ち。この歩み寄りが子どもを大人にしていくと思っています」

両者の関係を良好なものにし、子供が成長するための条件。それがお互いに感謝することなのだ。入学前、鳥山監督が親に必ず言うことがある。
「『僕は息子さんに来てほしいと思っています。だけども、ウチの息子は声がかかったから行ってやるんだとは思わないでください』と。そうじゃないですよね。『声をかけて頂いた。入学させて頂くという気持ちは忘れずに持ってください』ということ。僕たちも、國學院大學を選んでいただいたという感謝の気持ちを持っていますから、お互いがその気持ちを持ち続けていたら、大なり小なりいろんなことがありますけど、4年間トータルでは必ずプラスになるし、子供は成長します。ひとりの人間を育成していくのが、親と指導者との共同作業ということですよね。そういう話をさせてもらったときの親の反応は見ます。ちゃんと伝わっているかどうか。ちゃんと理解してくれているかどうか。表面上だけうなずいているのか、まったく伝わっていないのかは見ますね」

感謝の心と謙虚な気持ちがあれば、勘違いや過剰な期待も生まれない。望んでいた結果が出なかったときの言い訳や責任転換もなくなる。これは、大学だけでなく、高校に入学するときも同じことがいえる。親がそういう姿勢を見せることこそが、最終的には子供の成長につながるのだ。

今回は以上で終了いたします。後ほど、もう少しご紹介させて頂く予定でおります。

平成28年12月7日

國學院大學野球部監督 鳥山 泰孝